ジム・ロジャーズとは?

ジム・ロジャーズの生い立ち

かつてジョージ・ソロス氏とともに立ち上げたヘッジファンドで大成功し、世界の大投資家の一人として名高いジム・ロジャーズ氏。彼の生い立ちを見てみましょう。

投資家になるまで


ジム・ロジャーズは1942年10月19日にアメリカのアラバマ州で生まれました。エール大学に入学し、卒業を控え進路に迷っていた時に、証券会社の面接者と意気投合し、そこで働くことを決めたのが投資との接点の始まりでした。
しかし、当時オックスフォード大学に行くことを決めていた彼は、その証券会社で夏の間だけ働かせてほしいと頼み込み、特別に認めてもらいました。
当時は株式と債券の違いすら分からなかった彼も、頭を働かせて世の中の動きに注目するというこの仕事に魅了されました。
その後、オックスフォード大学を卒業し、除隊後、複数の証券会社に勤めてアナリストとしての腕を磨いていきました。

ジョージ・ソロス氏とヘッジファンドの運用をスタート


1969年、知り合ったジョージ・ソロス氏と共同で投資ファンドを設立し、1980年末までパートナーとして活躍しました。ジム・ロジャーズが調査、ジョージ・ソロスがトレーディングを担当するスタイルで始まったこのファンドは、1970年から1980年末までの10年間で、4,200%という驚異的な成績を残しました。
そして、ジム・ロジャーズは1980年末にヘッジファンドを辞め、同時に引退をしています。

引退後~「冒険投資家」として


ジョージ・ソロス氏と共同設立したファンドを去ったジム・ロジャーズは、自己資金の運用を行うようになり、その後、何度か世界旅行をしています。中でも、1990年~1992年に世界6大陸をオートバイで走破、1999年~2002年には改造したメルセデス・ベンツで116か国を旅し、どちらもギネスブックに記録されました。こうして世界各国を旅行して得た情報を元に投資を行っていたことから、「冒険投資家」や「金融界のインディ・ジョーンズ」などと呼ばれるようになりました。
1990年代には原油や金属、小麦などの一次産品(コモディティ)の価格が上昇する時代がやってくると予想し、自身の商品市場指数を開発したり、早くから中国の時代がやってくるとの予想を元に中国株への投資を推奨するなど、引退後も積極的に投資活動を続けており、現在も著名投資家として数々のコメントを残しています。
2007年よりこれからはアジアの時代がやってくるとし、ニューヨークからシンガポールに移住し、娘に中国語を学ばせています。

ジム・ロジャーズの投資手法

ジム・ロジャーズが世界の偉大な投資家として名を馳せたのは、やはりジョージ・ソロスとのファンドでの大成功でした。では、10年で4,200%と言われている驚異の成績を残せたのはなぜだったのでしょうか。彼の投資手法について見ていきましょう。

ヘッジファンドの先駆者


ジム・ロジャーズの投資手法は、「グローバル・マクロの先駆け」とも呼ばれています。「グローバル・マクロ」とは、一言でいうと、世界の経済動向を調査し、株でも債券でも通貨でも、上昇・下落・横ばいの方向性を捉え、あらゆる取引手法を駆使して利益を狙う、いわば「何でもあり」のファンドを指します。
例えば、原油価格が下落するという見通しが立った時に、物価の上昇が下がることでアメリカの金利が下がると予想してアメリカ国債を買い、一方で原油価格の下落で景気が悪化すると見込まれる産油国ロシアの通貨ルーブルを売って下落に賭ける、というように、世界のあらゆる資産をあらゆる方法で売買して利益獲得を目指すような運用を行います。

先述のファンドの運用において、ジム・ロジャーズは長期的な変化に着目して投資を行っていたとされます。例えば、業界不振で経営危機が起き、代表的な企業が数社倒産しているような状況下の産業で、何か些細な変化があれば底入れが近いと判断し、その企業の株を買う。もしくはその反対で、人気沸騰して株価が大きく上昇している産業が、悪い方向に転換するタイミングを調べ、その企業の株を空売りする、といったように、徹底した調査に基づいて、市場の流れが方向転換する可能性に賭ける「逆張り」の投資を中心に行っていました。

注目されていない国への投資

また、「長期的な変化に着目する」というジム・ロジャーズの投資手法において、有名ななのは、外国(米国外)への投資です。
1980年代、内戦の危機から立ち直ったばかりのポルトガルや、たった9銘柄の株式しか証券取引所に上場されていなかったオーストリア、世界中を旅した際に立ち寄ったボツワナ(アフリカ)などがあります。
これらは、証券会社が投資をおすすめしないというアドバイスを振り切り、実際の環境を自分の目で確かめ、判断することで成功しています。その国の経済環境が良好であるにも関わらず、十分かつ正確な情報が多くの人に行き渡っていないがために割安に放置されている市場に目を付け、入念な調査を行った上で投資を行う、そして周囲がそれに気づき、投資を始めた時には手じまいして利益を手にする、というのが彼の成功パターンの一つだと言えます。

ジム・ロジャーズの名言ベスト7選

世界で大成功した投資家の一人、ジム・ロジャーズの名言を見ていきましょう。

名言その1

[char no=”4″ char=”ジム”]「投資家として成功したいなら、投資の神様といわれている人々の話を聞くよりも、歴史や哲学を学んだほうがいい。」[/char]
★コメント★
テクニックを学ぶよりは、より歴史や哲学を通じて、より普遍的な内容を身に付け、自分の頭で考えることの重要性を説いている言葉です。

名言その2

[char no=”4″ char=”ジム”]「数字や資料を読み、その会社や国のことについて徹底的に調べる。それが面倒なら投資なんてしない方がいい。調査するうえで、情熱はとても需要な要素です。粘り強さに加えて、情熱がなければ成功はできないでしょう。」[/char]
★コメント★
徹底的な調査を通じて成功を収めたジム・ロジャーズならではの名言です。

名言その3

[char no=”4″ char=”ジム”]「みな勘違いをしています。何もしないことが一番賢明という場合が時としてあるのです。類い稀な成功を収めた投資家たちは、実は大半の時間をなにもせずに過ごしています。」[/char]
★コメント★
「休むも相場」という言葉もあるとおり、確信が持てない時は何もしないことが、結局お金を守ることにつながるという言葉です。

名言その4

[char no=”4″ char=”ジム”]「自分の目で世界を見て回ることも大切です。私は2度世界一周の旅をして冒険投資家と呼ばれていますが、いま、その経験が大いに役に立っています。次は中国の時代が来ると確信したのも、88年にバイクで中国を横断し、そこに潜む可能性を肌で感じたからです。テレビや雑誌、インターネットで得られる知識や情報に頼ってはいけません。」[/char]
★コメント★
ジム・ロジャーズは現在もテレビを見ていないのだとか。また、インターネット上で得た情報で世の中を理解したと思っている人の視野は狭い、ともコメントしています。自分で経験し、考えることの大切さを説いています。

名言その5

[char no=”4″ char=”ジム”]「自分で調べた会社の株を買いなさい。さもなければ、家で映画を見ている方がいい。」[/char]
★コメント★
他人からの情報を信じて投資するのではなく、自分で調べ、自分で考えて投資を行いなさいという言葉です。

名言その6

[char no=”4″ char=”ジム”]「社長から得たインサイダー情報で投資すれば、あなたは有り金の半分を失うでしょう。会長から得たものであればすべてを失うでしょう」[/char]
★コメント★
インサイダー情報自体が誤りであったり、途中で捻じ曲げられてしまっている可能性があることから、インサイダー情報などあてにして儲けることなどできないという彼の主張です。

名言その7

[char no=”4″ char=”ジム”]「投資をしていると、歩みを止めることはできません。常にもっと多くのことを学ぼうとし続けなければならないのです。」[/char]
(コメント)
現在70歳を過ぎても投資家として数々のコメントを残しているジム・ロジャーズですが、この学ぶことへの貪欲さが成功の秘訣なのかもしれません。

ジム・ロジャーズについての個人的見解

驚異的な実績を残したジム・ロジャーズですが、最近の発言では予想が外れていることが多いという指摘があります。しかし、彼の投資スタンスは「逆張り」という、多数派と反対の方向に動いて利益を得る投資スタイルであり、予想が外れることが往々にしてある、リスクの高い投資スタイルです。
もしくは、誰も注目していない時に投資を開始するということは、彼の発言や見通しが世の中に注目されている頃には、彼はすでにそれなりの利益を手にしている可能性があるということです。したがって、常に彼の発言を真似して投資を行っても、利益を得られる可能性は低いかもしれません。その発言を見かけているときには彼はすでに利益を確定させ、手仕舞いしている可能性もあるのです。

私の投資手法はツールばかりですが(笑)

しかし、彼の投資行動は参考にならなかったとしても、彼の考え方から多くを学ぶことができるように思われます。とにかく徹底的に調査をして、誰も目を付けていないところにチャンスを見出す、そして、必ず自分の頭で考えるということを彼は主張し続けています。また、彼がどうやって成功したのか、そのプロセスをよく追うことで、自身の投資のヒントになると思われます。

ジョージソロスとは?

トランプ大統領就任以来金融市場は、大変目まぐるしい動きをしています。一寸先は闇そんな言葉が良く似合います。特に為替の変動は大きく日替わり相場のような様相を呈しています。

投資家や証券会社でさえ先の見えない市場に大きな困惑と疲労感が見えます。

そんな戦場のような金融市場にあって今なお、伝説となっている人物がいます。

ジョージ・ソロスです。このユダヤ系の人物ほど評価の別れる人物はいません。ある者は天才と称し、ある者は悪魔と称します。

特に日本・アジアではあまり良い印象を持っていないというのが正直な感想です。

そんなジョージ・ソロスの生い立ちや彼の投資手法などをまとめてみました。

ジョージ・ソロスの生い立ち

波乱の幼少時代からイギリスへ

ジョージ・ソロスは1930年ハンガリーのブタペストに生まれます。彼の両親はユダヤ系であり、ハンガリーでの名前はショロシュ・ジョルジと言います。当時はナチス統治下にあった為に法律家であったが、戦場へと向かい捕虜となるも何とか逃げ出し、それは当時少年であったソロスも例外でなく混乱する戦場を逃げまわっていました。また、この時期に本当の父親からナチスの手から逃れる為に偽造身分証明書を違う人物に生まれ変わるだけでなく、彼は本当の父と別れ役人の養子となりユダヤ人の財産を没収するという屈辱的な仕事をします。このことは彼にとって大きな傷を作ります。
その後、17歳になったソロスはイギリスへと渡り仕事をしながら、名門ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスで2年程経済学を学ぶと共に後のソロスの思想に大きな影響を与える哲学者カール・ポッパーとの出会いは大きな転機となります。卒業後は宝石店や銀行勤務を経て、ニューヨークのウォール街へと移ります。

波乱のニューヨークと出会いと別れ

元々金融に興味を持っていたソロスはウォール街でF.M.マイヤー社で投資家としてのキャリアをスタートさせると、ここで運命的な出会いをします。現在でも有名なジム・ロジャースとの出会いで二人の天才的な投資家の出会いは、1973年にクォンタム・ファンドの前身となるソロスファンドを立ち上げます。
二人はヘッジファンドを活用して巨万の富を築き上げていきます。ソロスがトレーダーとしての経験を活かして投資し、ロジャースがアドバイスを送るといった関係性でした。しかし、この蜜月の関係も続かず1980年にロジャースが退社すると、翌年ソロスファンドは大きな損出を出し、運用資金が4億ドルから2億ドルになったのです。この危機を何とか乗り切ったソロスはブラックマンデーなどの金融危機も最小限の損出で乗り切ります。

世界のソロスへ


1990年代に入るとソロスはその名を世界に知らしめる事になります。伝説的な「ポンド危機」です。この時に大きな利益を得ます。その額が10億とも20億ともまたそれ以上とも言われています。ちょうどヨーロッパがユーロへの統合の準備を始めていた時期で、不況のイギリスもこの流れでドイツに乗っかろうとする流れをソロスはいち早く見抜き、100億ポンドの空売りをするのでした。すると、この流れに投資家達が続々と乗ってきてポンドの売りが続くのです。
その流れに慌てたイギリス政府は対抗策として、金利の引き上げをするもこのソロスが作った流れは止める事も出来ずに、ソロスに完敗を喫するのでした。そしてこの事からソロスは「イギリス銀行を潰した男」の称号を得ます。
そして、クォンタムファンドは世界最大のヘッジファンドとなります。

新たな危機と利益そしてソロスは新しい道へ

1997年にはタイバーツの急落から始まる「アジア通貨危機」でもソロスの敏腕は冴えます。タイのバーツの急落に対して強気でくるタイの首相チャワリットは、ソロスの仕掛けた空売りに対して買い支えを続けるのですが、ソロスに同調したヘッジファンドの勢いは止まることなく、これまでのバーツの変動なしの為替から変動制へと移行せざるを得ない状況になりました。そしてこの流れはタイだけでなく、東アジア、東南アジアと続きアジアの通貨は経験した事のない通貨危機を経験する事となります。ここでもソロスは巨万の富を得ます。
好調に見えたソロスですが、思わぬ落とし穴が待っています。俗にいうITバブルの崩壊です。ITベンチャー企業の隆盛によってもたらされたバブル的株価の上昇は大きな富を生み出す一方で、計画性がない幼稚な計画書が並び投資家達も疑念を持ち始めた時期とアメリカ同時多発テロの影響も重なり株価の暴落がもたらされた。その影響もソロスにも及び、60億ドルとも言われる損失をもたらします。当然ファンドの規模も縮小せざるを得ませんでした。
巨万の富と大きな損失を繰り返しながらも、ソロスは順調に稼ぎ続けて2012年には資産総額は200億ドル以上とも言われるまでになりました。
また、近年では以前より行っていた慈善活動への参加をより一層明確にしています。そして、2011年には投資家からの引退を表明しています。しかし、現在でもソロスの発言には大きな影響力が残っているのも事実です。
しかし2016年にはファンド業界に戻ってきました。中国経済に対する憂慮とも言われています。

最後にソロスの家族ですが、彼は3度の結婚をしており現在の妻は日系のタミコであります。そして4人の息子と一人の娘がいます。子供達もソロスの財団やファンド会社で活躍しています。

ソロスの投資方法

ソロスの伝える再帰性理論

ソロスは哲学者を目指していた事もあり、その言葉は難解であり理解するのが難しい物があります。彼の投資方法の元として有名なのは再帰性理論です。色々な解釈がある中簡単に言うと、株価が上がる事で景気の浮揚を誘いその事で企業収益が上がる事で、更なる企業株価が上がり(ポジティブフィードバック)、その事で更なる景気が上がっていくという事ですが、最後にはその株価の評価に企業が耐えられなく破棄してしまうという理論です。

噂から広げ市場を操作する


現実的にソロスは、自身の言葉から市場を動かそうとする言動もあります。彼はその事を反射理論という言葉で説明していますが、そこには実績と経験と先を読む力が必要となります。現在では、ソロスの動きは市場への影響力は計り知れない物がありますが、駆け出しの頃はそうはいかなかったと思います。
しかし、彼のインタビューなどを読むとそのような行動を仕掛けているような言動もありますが、ソロスの様な先を読む力を持っている人物の言葉には流されていく傾向はあるでしょう。

小さく始めて状況を見て大きな投資をする

その先読みの力が優れていてもソロスは予言者ではないですので、現実的な方法として小さく始めるという手法を用いています。とにかく目を付けた銘柄に投資を少額でしていき、世界の経済動向と政治動向を注視していき、ここぞという時に本格的な投資を行うと言う方法です。一見大きな儲けを持つソロスには似合わないですが、この少額の投資の間に多方面からのたくさんの分析が存在するのです。目先にとらわれないといった現実的な動きです。

ジョージ・ソロスの名言

哲学的な思想を持つソロスの言葉には難解な物がありますが、分かりやすく更に心にしみる言葉が多いのも確かです。その中から幾つか拾ってみました。

・まず生き残れ、儲けるのはそれからだ。

自身の実践的スキルを要約するように問われた時の答えとして私が確かに人より優れている点は、私が間違いを認められるところです。
彼の哲学的な思想が伺いしれる言葉です。人間は過ちを犯す動物という思想から入っているからこそ、言える言葉です。

・成功すれば、人は自分の考えに関心を示してくれるはず

これは、現状のソロスの考えが市場に影響を及ぼしている姿が実証しています。

ジョージ・ソロスの個人的見解

ジョージ・ソロスは人間として大変魅力ある人物である人物だと思われます。

投資家の前に人間であるという思想に立っていると思われます。それは幼少時代の苦しい時期が影響していると思われます。

更にイギリスでの学生生活での哲学的な思想を学んだ事が後々に大きな影響を及ぼしたと思われます。

投資家として大きな成功を収めた人物ですが、大きな失敗もしております。それを認める(公表する)事で更なる成功を手に入れています。そして更なる儲けだけに捉われる事無く慈善事業にも力を入れております。(Wikipedia財団の大口寄付者でもある)

二つの大きく異なる評価を持つのもソロスが人間臭いからではないでしょうか。

一方では悪魔とも言われ、片方ではロビンフッドとも言われる極端な評価は人間として魅力ある人物の表れかもしれません。

ウォーレンバフェットとは?

ウォーレンバフェットの生い立ち

投資家として成功し、億万長者として名を馳せたウォーレン・バフェット氏。彼はどのようにして大投資家になったのでしょうか。生い立ちについてまとめてみました。

ビジネスに熱心だった幼年時代

ウォーレン・バフェットは1930年8月30日にアメリカのネブラスカ州オマハで生まれました。小さいころからビジネスに関心を持ち、競馬の予想表を作成して販売したり、ゴルフボールの回収・転売や、新聞配達の仕事などをしていました。15歳のときには会社を作り、友人と一緒に中古のピンボールゲーム台を床屋に置き、使用料を回収するというビジネスを行って成功するなど、幼いころからビジネスに熱い関心を寄せていました。

株式投資家としてのデビュー

バフェットが株式投資を始めたのは11歳のときで、その後、彼が本格的に投資家としてのキャリアをスタートさせたのは、1954年にバフェットの師匠である、ベンジャミン・グレアムという投資家の投資会社で働き始めたところからでした。ちなみに、バフェットの投資理論は、このグレアムの考えが基本にあると言われています。

その後、2年の下積みを経て、バフェットは1956年に独立し、投資ファンドを立ち上げました。その後、1965年には織物製造会社であった「バークシャー・ハサウェイ」社の経営権を取得し、投資会社として大きく成長させました。

バフェットの師匠、ベンジャミン・グレアムとドッドの著書「証券分析」

バフェットの投資成果は?

バフェットの投資成果は、「バークシャー・ハサウェイ」社の純資産価値(会社の保有資産をすべて売却し、負債を返済した時の会社を解散した時の価値)が、1964年から2015年までの50年間で約8,000倍(798,981%)となっています。
市場での取引価格で見た場合では、同期間で約1万6,000倍。同じ期間のS&P500(米国の代表的な株価指数)は144倍であったことと比較してもその差は歴然です。同社の株に投資していた場合、毎年約20%のペースで資産が増え続けた計算になります。
(数値はバークシャー・ハサウェイ社の2015年アニュアル・レポートより)

こうした驚異的な成績をあげてきたバフェットは、「オマハの賢人」と呼ばれ、世界的にも偉大な

投資家の一人として尊敬を集めています。バークシャー・ハサウェイ社が開催する株主総会には、彼の話に耳を傾けようと世界中から毎年多くの投資家がオマハへ集まります。

2009年に出されたバフェットの伝記「スノーボール」

バフェット率いるバークシャー・ハサウェイ社の株主総会

ウォーレン・バフェットの投資手法

ウォーレン・バフェットは、大手飲料メーカーのコカ・コーラ、クレジットカードのアメックス、一大エンターテイメント会社のウォルト・ディズニーといった、誰もが知っている企業への投資で成功しています。
では、どういった投資手法に基づいて投資を行っているのか、ウォーレン・バフェットの投資手法を見ていきましょう。

バフェットの投資手法を一言で表すと・・・

バフェットの投資手法を一言で表すと、「優良企業株への長期(場合によっては永久)保有と集中投資」です。

「価値はいずれ価格に反映される」という考え方に従って、そのビジネスを展開する企業の「価値」に比べ、その企業の「価格=株価」が安ければ投資し、魅力的である限り保有し続ける、というスタンスがバフェットの投資の基本姿勢と言われています。
そして、その根底にあるのは、「株を保有するということは、その企業のオーナーになることである」という原則です。

したがって、株式市場の動向をうかがい、今は買い方が優勢か、売り方が優勢かといった動向には目もくれず、企業が良質なビジネスを行っているかの分析に多大な労力が費やされます。

バフェットが銘柄を選ぶ基準

バフェットは投資対象を選ぶ際、現在の株価と価値の大小を比較するという視点だけでなく、企業の成長性も考慮に入れて銘柄を選んでいます。
特に、バフェットが重視するのは、ROE(株主資本利益率)の高さとその持続性です。ROEとは、会社に帰属するお金(自己資本)を使って、どれだけ効率よく利益をあげているかを示す指標です。
つまり、少ない自己資本でより高い利益をあげ、得た利益を再投資していけばいくほど、企業価値はどんどんと増えていき、株価もそれを反映して上昇していくことになります。
なお、ROEは借入依存度が高い企業も数値が高くなる傾向にあるため、財務の健全性が保たれているという条件の下で確認する必要があります。

高い収益性を長期間にわたって維持し続けるには、その企業のビジネスの持つ性質にも着目しなければなりません。バフェットは、高い利益を生み出すことのできる企業のポイントとして、頻繁な設備投資や高い研究開発費を必要としないこと、価格競争に巻き込まれにくく、値上げしても売上が落ちにくい、価格決定力があることなどを挙げています。こうした条件に合致しているのが、コカ・コーラやアメックス、ディスニーなどの消費者から圧倒的な支持を得て、市場でも独占に近いシェアを誇っている「消費者独占型企業」です。

バフェットの投資手法にまつわるエピソード

こうしたバフェットの投資手法には興味深いエピソードがあります。1999年末に起こったITバブルでの対応です。当時は、インターネット関連などのハイテク株がブームとなり、株価が大きく上昇しましたが、バフェットはこれらの銘柄について、「事業内容が理解できないから」といって投資を控えました。バフェットの投資成果は相対的に振るわなかったものの、ハイテク株はその後暴落し、バフェットは結局無傷でした。

企業のオーナーになる以上、自分が理解できないものには投資しない、という投資スタンスを忠実に守り続けていることがこのエピソードからうかがい知れます。

ウォーレン・バフェットの名言ベスト7選

ウォーレン・バフェットは数々の名言を残しています。そのジャンルは投資に限らず、仕事論や人生観など、幅広くに及びますが、その中でも投資に関する名言を7つに厳選してご紹介します。

〔名言その1〕
[char no=”3″ char=”ウォーレンバフェット”]「株式投資の極意とは、いい銘柄を見つけて、いいタイミングで買い、いい会社である限りそれを持ち続けること。これに尽きます。」[/char]
★コメント★
「言うは易く行うは難し」ですが、バフェットの投資手法の根幹にあるものです。

〔名言その2〕
[char no=”3″ char=”ウォーレンバフェット”]「常に株券ではなく、ビジネスを買うという投資姿勢が必要です。」[/char]
★コメント★
こちらもバフェットの投資手法の根幹にある、ビジネスに着目する重要さを説いた名言です。

〔名言その3〕
[char no=”3″ char=”ウォーレンバフェット”]「私は愚か者にでも経営できる企業の株を買うようにしています。なぜなら、遅かれ早かれそういう人間が経営するのですから。」[/char]
★コメント★
長期投資において経営者が交代する可能性が十分ある中、誰がやっても上手く運営できるようなビジネスを選ぶことの重要性を説いています。

〔名言その4〕
[char no=”3″ char=”ウォーレンバフェット”]「証券取引所が今後10年間閉鎖されたとしても、喜んで保有し続けることができる株だけ[/char]
を買いなさい。」
★コメント★
今日明日、今月来月の株価に一喜一憂せず、投資先の企業のビジネスによってもたらされる利益に注目すべし、というバフェットの投資手法の基本にある考え方から生まれた名言です。

〔名言その5〕
[char no=”3″ char=”ウォーレンバフェット”]「時代遅れになる原則はそもそも原則ではありません。」[/char]
★コメント★
時代によって通用したりしなかったりするものは原則ではないという、長年にわたって投資を続けてきたバフェットが言うからこそ重みのある言葉です。

〔名言その6〕
[char no=”3″ char=”ウォーレンバフェット”]「分散投資とは、無知から身を守るための手段です。投資において自分が何をしているか分かっている人にとっては、分散投資は理にかなった方法ではありません。」[/char]
★コメント★
自分が理解できるものにしか投資しない、というバフェットの姿勢から発せられた言葉です。

〔名言その7〕
[char no=”3″ char=”ウォーレンバフェット”]「お金持ちになるためのルール
<ルール1>絶対にお金を損しないこと。
<ルール2>絶対にルール1を忘れないこと。」[/char]
(コメント)
これも名言としてよく知られている言葉です。とにかくお金を失ってはいけないというバフェットの確固たる姿勢がうかがえます。

ウォーレン・バフェットについての個人的見解

こうしたバフェットの生い立ちや投資手法から、我々日本人が最初に考えそうなことは、「日本株にもバフェットが喜んで投資したがるような銘柄があるのだろうか?」ということでしょう。
結論としては、現在のところ、日本でバフェットの選定基準に合致する銘柄は「全く無いあ訳ではないが、アメリカほど見つけにくい」と考えられるでしょう。理由としては主に2つあります。

理由① 日本のROEが低いこと

日本ではあまりROEを重視した経営が行われていなかったと言われており、実際に国際比較においても、日本のROEは相対的に低いと指摘されてきました。

理由② 日本の人口減少

バフェットが好んで保有するような「消費者独占型企業」は、独占的な市場を持ち、なおかつその市場が拡大(=売上が増加)していくことによって利益をさらに成長させていきます。しかし、日本では少子高齢化と人口減少が進んでいます。一般論としてみた場合、国内市場の拡大は望めないことから、日本において売上・利益を長期にわたって成長させていく企業を探し出すのはなかなか難しいと言えるでしょう。

以上から、バフェットの投資基準に適った銘柄を日本の上場企業から見つけ出すのは、現在のところはアメリカと比べてなかなか大変かもしれないと考えられます。

しかし、チャンスが全くないわけではありません。

理由①については、最近になって、ようやくROEを高める経営が叫ばれ始めたことから、この風潮にも変化が見られていますし、理由②については海外に進出し、大きく成長を続けている企業も日本には少なからずあります。
また、現在は昔に比べて外国株式への投資がかなり容易になりました。バフェット流の投資を実践したい人には、日本にこだわることなく、アメリカで探すことだって難しいことではないでしょう。
先に見てきたバフェットの名言にあったように、ビジネスの分析をしっかり行えば、バフェットが買いたくなるような銘柄にいつか巡り合えるかもしれませんね。

ケチャップで有名なハインツ。2013年にバフェットのバークシャー・ハサウェイと投資ファンド3Gキャピタルとの共同出資で買収された。