稀代の大相場師「ジェシーリバモア」

4度の破産をし、2度の離婚を経験し(結婚3回)、最後はピストル自殺をする。

このことからもわかるように本物の

「破天荒」

な人間なのである。

彼の「投資家」としての人生は15歳から始まったのである・・・

リバモアの手法はどういったものだったのか?

彼の残した言葉を参考に色々と手法を考えてみました。

彼に関する書物はこの2つが有名である。

  • ①「How to Trade inStocks」
  • ②「Reminiscences of a Stock operator」(邦題:欲望と幻想の市場)

この2つの違いは

①はリバモア自身が手法を記したもの
②はエドウィン・ルフェーブルがリバモアの手法を記したもの

である。

②の「欲望と幻想の市場」は相場に関わるものならば、あまりに有名な書物である。日本の外資系の投資会社の新入社員にはまずこれを読ませるという話も良く聞く。

こういったことからも「相場の指南書」として多くの支持を集めているがわかる。

ただリバモア自身が記したものではないので、ルフェーブルの脚色もあるだろうし、リバモアの手法に色が付いてしまっている可能性がある。

このサイトは「How to Trade inStocks」をもとに情報を集めていきたいと思っている。

私が「欲望と幻想の市場」を読む限りでのリバモアの想像図は

「天才的なトレード」

「相場操縦者」

といった印象だった。

しかし「How to Trade inStocks」を読む限りでは

今風に言えば、「システムトレーダー」だったのではないかといった印象を受ける。

なぜそう思ったかというと、彼のトレードは「ボックス売買」とかなり類似している。

この「ボックス売買」というのは、持ち合いとブレイクスルーを判断して、大きなトレンドに乗ることで利益を上げる。

ちなみにこの「ボックス売買」だが、リバモアと同時代に生きたニコラス・ダーハスが記した「私は株で200万ドル儲けた」でこの手法の詳細が記されている。

リバモアの名言

リバモアリバモア

投機というゲームは世界中で最も人々を魅了するゲームである。しかしそれは愚か者や怠け者、感情のバランスを欠くためのゲームでも、一攫千金を狙う相場師のためのゲームでもない。
そういった連中は貧困の果てに最期を迎えることになる。


管理人管理人

リバモアの最後は家庭の不調和による自殺だった。
資産をなくして自殺したと思う人も多いが、亡くなる時の保有資産は500万ドルに達していた。


リバモアリバモア

とあるパーティで聞かれた事がある。
一般投資家「どうすればマーケットで稼ぐことができますか?」
私は「わかりません」と答えた

管理人管理人

彼は現役のトレーダーであり、常に投資と投機を研究していた。
どうすれば利益が上がるのかを毎日考え、悩んでいたので、不躾な質問だと思ったに違いない。

リバモアリバモア

「株、先物取引、投機の世界において何ら新しいことは起きない」


管理人管理人

リバモアは「トレーディングには時間的要因が重要」と考えていた。
時間的要因というのは、今でいうテクニカル分析「一目均衡表」「MACD」「RSI」「移動平均線」など他多数。これもみんな過去と現在の時間的要因を解析するためのツールなのである。そんなツールがない時代から、過去を分析して、同じことが繰り返されていることを知っていたということである。


リバモアリバモア

「投機家の誤りはマーケットが教えてくれる。その誤りに気がついたら、すべてを手仕舞い、損を受け入れ、笑みを絶やさず過失の原因を突き止めるために記録を精査し、次の大きなチャンスを待とう」


管理人管理人

これは今でもよく言われている事である。
「相場が逆に動いている!」
などという人がいるが、逆に動いているのはその人なのである。
マーケットは決して誤らないが、一般投資家は必ず選択を誤る。

リバモアリバモア

「ローマは1日にしてならず、重要な本物のトレンドも、1日や一週間では終わらない。マーケットがロジカルに推移するには時間がかかるのだ」


管理人管理人

しかるべき時期に利益確定を待つ度胸と忍耐力があれば、必ず利益を手にしたとの記載もある。リバモアはWikiではスキャルピングを得意としたとの記載があるが、実際のところは、トレンドの初期にエントリーを行い辛抱強く待つというスタイルがメインだったのかも知れない。

リバモアリバモア

「私は何年もの間、利益を出すたびに現金化して引き出すことを習慣にしている」


管理人管理人

トレーダーの多くは「お金」とは画面上に記載される数字だけなのである。
大抵は「次は2倍にするぞ!」といった事にになる。
そうなると必然的に無理なトレードに繋がったりする事も多い。
本物のお金を見て、冷静さを取り戻そうという事だろう。

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リバモアの年表

西暦 年齢 概要
1877年 0歳 アメリカ.マサチューセッツ州も生まれる
1891年 14歳 ボストンでチョークボーイを始める
1892年 15歳 合百にて取引をはじめ、1000ドルを貯める。そしてトレードに専念するために仕事を辞める
1897年 20歳 ニューヨークに移り住み、ウォール街で取引開始するも半年後に1回目の破産
1900年 23歳 ネティ・ジョーダンと結婚
1901年 24歳 ノーザン・パシフィックの空売りで5万ドルを手にするが、その後2度目の破産
1906年 29歳 ユニオン・パシフィックの空売りで25万ドルを得たが、友人の助言により損失を被り「投資は自分の流儀ののみに従う」という教訓を得る
1907年 30歳 資産100万ドル達成。コールローンの行き詰まりにより、NY市場が金融崩壊の危機に陥る。その後。JPモルガンより市場救済の要請を受ける
1908年 31歳 コットン相場の大暴落で3度目の破産
1910年 33歳 自己破産申請
1916年 39歳 300万ドルを手にする
1917年 40歳 負債を完済する。ネティと1度目の離婚する
1918年 41歳 ドロシー・ウェントと結婚
1919年 42歳 長男。ジェシー.ジュニアが誕生
1923年 46歳 次男。ポール誕生
1929年 52歳 暗黒の木曜日に空売りを行い1億ドル以上の利益を上げるが、マスコミから大暴落の根源として非難を浴びる
1931年 54歳 ドロシーと2度目の離婚
1933年 56歳 ハリエットと3度目の結婚
1934年 57歳 4度目の破産をする
1940年 63歳 ピストルで自身の頭を撃ち抜く